カディクスの偽書 原作 グラハム・S・アーヴァイン 日本語訳 山縣廿楽 作 新津孝太 男1 ホドケン、太田かずひろ、太田さん 男2 アンナカ、富岡ともみ、トムさん 女A ト書き、ベリー、前橋ゆうこ、ゆうさん 女B ハル、高山ゆかこ、ゆかっちゃん、ゆかっち 0 開幕 舞台設定はリーディング公演を行う劇団の本番 日本 舞台上、色んなところにモニュメント的な無機質な柱 柱の間はカーテンのように布がはられている 最初はかなり布で仕切られていて、せまい カーテンの端を移動させて広さを変えられる 舞台中央には椅子が三つ それぞれにリーディング用の書見台とコップ、ペットボトルに入った水 三角形に並んでいる 音楽 薄くスモークがかかっている 男1 上手から現れる 厚手のシャツとグレーのアンクルパンツ シャツは肘くらいまでまくっている。腕時計はなし     サスペンダー     蝶ネクタイ(シャツとのバランスで柄を選ぶ) 黒い革靴。白い靴下 髪型はツーブロックで左から右に流している     口髭 大き目(A4くらい)の大きさの本。装飾がされた灰色のカバー付き     男1 一礼する 立ったまま本を開く 少し読んでいるように、かつ、ナチュラルに 男1 (咳払い)えー、本日はご来場ありがとうございます。あー 今からリーディングいたしますのは、あ、リーディングってちょっとあー、気取った言い方ですが、ご存じなくて来られた方いらっしゃるかもしれませんので、まぁ簡単に言うとこの台本を読む、読み聞かせ的な、絵のない紙芝居みたいなもんですかね、ま、そういうとつまんなく聞こえるかもしれませんが、とりあえず、まぁ、やります 一拍 男1 それでその今から読む、あ、リーディングするのは、一九世紀中ほど、グラハム・S・アーヴァインという人物によって書かれたこちらの「カディクスの偽書」という本です。あー、もし原作知ってるよって方、いますでしょうか 男1 手を挙げて客席を促す 間 男1 んー、そうですよね、あまり知られていませんから。ええ。あ、じゃあ偽書って何かご存知でしょうか。ギショ、偽の書って書きますけど、ええ、うん贋作、あー、まぁ、そういう意味でもあるんですが、ここでいうのは違うんです。 男1 下手のほうを見て、向き直る 男1 中身が偽物なんです。書いてあることが嘘、というか、もっともらしく書いてあるんですが、偽物なんです。なんのために、ですよね、うん。あ、これはつまり、例えば、商売で一山当ててお金持ちになった人とかが、自分の経歴をよく見せようとそういう、まぁ、なに、伝記みたいなものを後で書かせる、と言った感じで 男1 下手のほうを見て、向き直る 男1 あー、だからその、本当は農民から成りあがったのに、代々貴族だったとか、あー、その地方に多大な功績を残したとか、そういうのを後で、え、盛るわけですね。それで、その本の中身がさも事実かのように言いふらして、権威を誇示する的な、ええ 男1 下手のほうを見て、向き直る 男1 ほかにも、有名なところでは、シオンの議定書なんていうのもあって、これはユダヤ人の迫害を扇動するために作られた偽書のようです。やっぱりそれらしく書いてあると本当だと思っちゃうことも、昔は特に多かったんでしょうね 一拍 男1 あの、あのですね、何でなかなか読まないのかな、と思ってるかもしれません。あの、実は、来ないんですよ。相方が、遅れてるのかな、ええ。どうしたことでしょうか。事故なのかな? 寝坊かな? 怖いですよね、いや、怖くはないか。あー。スィー(歯の隙間から息を吸う) 間 男1 うーんぅ、こういう時どうやって間をつなぐのがいいんでしょうかね、あー、手品、しましょうか。歌がいいかな 一拍 男1 手品か歌 いいところで、下手から指示が来る 男2 現れる 白いシャツ。濃い目のジャケット。明るめのパンツ。革靴 少し服装が乱れている 髪型は適当 男1と同じ形の白いカバーの本を持っている 男2 (にやけながら)あー、いや、すみません、どうもどうも 男1 ちょっともう、お客さんにも謝って 適度にゆるい雰囲気で 男2 あ、はい、すみませんでした 男1 どうしたの、何で遅れたの 男2 いや、う、あの、寝坊で、寝坊した、しました 男1 マジで、寝坊? マジで 男2 いや、マジで、いや、ええ 男1 うそ、なんで 男2 昨日飲みすぎて。起きれなくて。すみません 男1 え、うそ、マジで、飲みすぎ 男2 ほんと、すみません 男1 なんかもうちょっとこう、ないの 男2 なに 男1 様になる言い訳っていうか 男2 あ、そうか 男1 そうかじゃなくて、いや、そうかはいいわけじゃないし 男2 ですね 男1 ですね違うって 男2 ええ 男1 何かないの、もってきてよ、なーんか持ってきてよ 男2 ええー 男1 朝起きて、あ、やばい、遅れた。で、ここ向かってる間に、何かさ、説得力のある言い訳考えたり 男2 ままま、まぁ、ちょっとは考えたよ 男1 どんな 男2 身内に不幸が、とか 男1 ありきたりだねー 男2 しかもちょっと無理あるし 男1 まぁ、それだったら、こんなとこ来てる場合じゃないからね 男2 でしょ 男1 まぁ、来たからまだいいけど 男2 すみません 二人 下手を見る 男2 まだみたい 男1 すみませんね、もう一人いるんですよ 男2 えーっと 男1 あぁー 変な間(咳払いや目をこする、遠くを見るなど) 男1 ええっと、それで僕らで、、、リーディンクします 男2 あ、はい 男1 えーまだ、一人来てないんですけど 男2 ねぇ 男1 ほんと、すみません、ほんとすみません 男2 こういうのは、初めてだよね 男1 まぁそうだけど     変な間(咳払いや目をこする、遠くを見るなど) 男2 間が持たない 男1 あのー、すみません、とりあえず始める? 男2 えっ 男1 待ってても仕方ないし 男2 え、そうか? 男1 なくてもなんとなく、わかると思うんで 男2 いいのか 男1 これ以上お待たせするのも申し訳ないので 男2 そうか、んー、まぁまぁ、そうか、そうかなぁ 女A 下手から現れる シンプルな服 濃い口紅 黒いカバーの本を持っている 女A 男1、2、台本を所見台に置き、椅子に腰かけ、読み始める 女A、座る 男1、2、座る 本を読む 照明変化(アンナカの部屋) ノック(足で床をならす) 男1 アンナカさん 男2 なんだ 女A 1861年3月、アメリカ北部ミズーリ州カンザスシティ アンナカと呼ばれる資本家の邸宅 ノック(足で床をならす) 男2 開いているよ 女A 扉を開けて家庭教師の男、ホドケンが入ってくる 男1 アンナカさん 男2 なんだね。見ての通り私は仕事中だ。手短に頼むよ 男1 何の仕事を 男2 ちょっとした調べものだよ 男1 本を読むなんて珍しい。図鑑ですか? 新しい蝶でも見つけましたか 男2 昆虫には興味はない。君にもな 男1 聞きたいことがあるんです 男2 (大仰にため息)何だね 男1 どうしてあなたは昨日、僕を首にしたんですか(首をすくめる) 男2 (方眉を上げる)言い方が悪いな 男1 でも、だって、そうじゃないですか 男2 (少し目を閉じる)まぁ、そうだな 男1 なぜぼくは急に仕事を失わなければならないんですか 男2 なぜって、必要じゃなくなったからさ 男1 なぜですか 男2 事足りているからだ 男1 そんなことありませんよ 男2 なぁ、ホドケン。(指さす)君の仕事は何だ、あ、いや、何だった 男1 チューター、家庭教師です、でした 男2 そう、娘、ハルの家庭教師だ 男1 じゃあ必要ですよ 男2 必要ない 男1 なぜですか 男2 勉強は十分できてる。必要ない 男1 いや、必要です 男2 必要ない 男1 (強めに)彼女こそまさに家庭教師が必要な人間です 男2 (イラっとした感じで)まて、どういうことだ 男1 あ、いや 男2 うちの娘はそんなにバカだといいたいのか 男1 え、いやそういうことではなくて 男2 そういうことだろ 男1 日本語って難しいですよね 男2 ここはアメリカだ。英語だ 男1 really? 男2 yes,no Japanese.English 男1 やめましょう 男2 what? 男1 stop English.ストップ。英語 女A 男、英語で読むのをやめる 男1、2、咳払いをして水を飲む 一拍 男2 ホドケン。とにかく、お前はもう用なしだ 男1 娘さんがバカなままでもいいんですか 男2 やっぱりバカだと思ってたんじゃないか 男1 事実バカですから 男2 バカじゃないよ 男1 それはアンナカさん、あなたがバカだからですよ。父親がバカだから娘がバカなことを判別できないんだ。バカには何もわからない、バカはバカであることもわからないから、ずっとバカなんだ。バカの子供もそのまた子供もずっとバカ、バカがバカを生んでバカを育てる。抜け出せないバカスパイラル 男2 (ため息)バカバカしい。言いたいことはそれだけか、じゃあ、帰ってくれ。ドアはあっちだ。ノブをひねるのを忘れるなよ 男1 おかしい、絶対におかしい。納得できない 男2 別の雇い主を探せ 男1 ファック! 男1 本をもって立ちあがる 女A ホドケン、退室する 男2 (去っていった方を見ながら)やれやれだ 音楽FI 照明変化(アンナカ邸の庭) 女A アンナカの屋敷の庭。ハルが木陰に座って本を読んでいる 男1 柱の間のしきりを取り払ってスペースを広くする しきりの向こうに女B(ハル)が座っている 女B 白いシャツと長めのスカート。黒い靴 白いカバーの本を持っている 女B あ、先生 男1 残念、もう先生じゃないんだ 女B そうだったね。さみしいな。でも先生って呼んでいい? 男1 まぁ、呼ぶのは構わないけど 女B いきなり「ホドケンさん」じゃなんだかおかしいし 男1 そうだね。あー、読書かい? 何を読んでるの 女B 緋文字。今流行ってんの 男1 ホーソーンか。高校生でもそういうの読むんだな 女A 『緋文字』は、ナサニエル・ホーソーンによって執筆され、1850年に出版されたアメリカ合衆国のゴシックロマン小説であり、多くの場合ホーソーンの代表作であると考えられている。17世紀のニューイングランドのピューリタン社会を舞台に、姦通の罪を犯した後に出産し、その父親の名を明かすことを拒み、悔恨と尊厳の内に新しい人生を打ち建てようと努力する女性ヘスター・プリンの物語を描いている 音楽FO 男1 へぇー 女B 先生は許されざる相手と恋に落ちたことはないの 男1 わかりやすく影響されてるなぁ 女B それって私がバカってこと 男1 あ、いや、そういうのじゃない 女B 先生は彼女いるの 男1 ああ、いるけど 女B 浮気したことある? 男1 え? ないよ、神に誓ってない 女B そうなんだ。意外 男1 は、大人をからかうものじゃない 女B 子供扱いしないでよ 男1 そうやって背伸びするのもいいけど、今は勉強しなさい。昔と違って女子大学もある 女B 勉強苦手だし、先生がいなきゃ無理 男1 そうだよなぁ、そうなんだよ。うん、君には僕が必要だと思う。どうして君のお父さんは急に僕を首にしたんだろう。何か知らないかい 女B さぁ…… 男1 何か最近変わったこととか 女B まぁ、最近は戦争の事を気にしているみたい。この国の行く末を決定づける戦争がはじまるとか 男1 北と南に分かれての戦争。ここはちょうど中間点。どちらについたものやら 女B ねぇ、先生。本当に戦争が起こったらどっちが勝つのかな 男1 うーん、南部の方は兵士となる奴隷は少ないけど、軍事に長けた人間が多いらしいよ。それにフランスやスペインの援護もある。ただ、北部の方は工業化がすすんでいるから、どちらが勝つかとかはまだわからない(肩をすくめる) 女B この辺りでも戦闘があるの? 男1 かもしれない 女B (不安そうに)なんだか怖いね 女A 1861年4月の南北戦争開戦まで1か月を切っていた 男1 はける 照明変化(アンナカの部屋) 女A 再び、アンナカの部屋 ノック 女B 父さん 男2 ハルか、どうした 女B、本を立って読みながら 女B 珍しいね、何を読んでいるの 男2 ちょっとした資料だよ。お前は? 女B 小説。ホーソーンの緋文字って小説 男2 へぇー、しらんなぁ。ただ、歩きながら読むのは危ないぞ 女B 最近流行ってるの 男2 それで、どうしたんだ、父さんが流行に疎いことを再認識させるために来たのか 女B それもあるけど 男2 あるんだ 女B それと、ホドケン先生の事なんだけど、どうして急にやめさせちゃったの 男2 必要ないからだ 女B そんなことないよ、必要あるよ 男2 必要ない、お前は十分勉強できるし、家庭教師なんていらないよ 女B 全然できない、バカだもん 男2 自分を過小評価しているだけだよ、お前はバカじゃない 女B 確かにまぁ、それが(air quotes)嘘だってわかるくらいにはね 男2 hmmm…無駄なやり取りだな。父さんが決めたことだ。従いなさい 女B いやだ、納得できない。ホドケン先生はとても丁寧に勉強を教えてくれたし、何の不満もなかった。やめさせるなんておかしい 男2 物事はいつだって急だよ 女B それで済むのなら、不条理なんて言葉は存在しないって。私は納得したいだけ、納得こそがすべてに優先される 男2 ホドケンに頼まれたのか。理由を聞いて来いって 女B え、あ、まぁ、それもあるけど 男2 あいつとはかかわるな 女B なにそれ 男2 以上だ。仕事中だ部屋に戻りなさい 女B ちょっと…… 女A アンナカ、ハルを無視する 女B 父さん? 話くらい聞いてよ。ちょっと 女A アンナカ、ハルを無視する 女B (何か) 女A アンナカ、ハルを無視する 女B 無視しないで、なんなの私との話よりその本の方が大事なの。こんなもの 女A ハル、アンナカの読んでいる本を奪う 女B 男2の本を取り上げる 女B 父さんに本なんて似合わないから 男2 (読みながら)ちょっと、何をするんだ返しなさい 女B えいっ 女A ハル、アンナカの読んでいた本をたたきつける 男2 おーい! (床の本を読みながら)本を粗末に扱うんじゃない。本というのは人類の英知が詰まっているんだ。紙に記録し複製し発信することで、世界の果てまでも情報を伝播することができる、これは人類の発明なんだ。本が書物が我々を豊かにするものだ 女B 本は不幸だね、読み手を選べないんだから。子供が親を選べないみたいに 男2 うまいこと言うじゃないか、これはしたり 女B うるさい 女A ハル、アンナカの部屋を出る 女B 椅子に座る 1 やきとり 照明変化(素) 男1 ええっと、ちょっとここで一回止めて 男2 お、おお 男1 いやー、よかった間に合って 女A すみませんでした 男1 どうしたの 女A あ、あの、寝坊しちゃって 男1 えー、ゆうさんも? 女A もって 男1 トムさんも 女A ほんとに? 男2 面目ない 男1 なに、飲みすぎたとか 女A ええ、そんなところです 男1 (オネェっぽく)どうしようかと思ったじゃないのよー 女A なんでオネェなの 男2 気づいたらすっと入ってきてるし 男1 びっくりしたー 女A てへへ 男1 あ、そうだ揃ったところで言っておこう、あー、きょう特別ゲストいるから 男2 今言うのそれ 男1 事前に言えればよかったんだけどね 男2 あ、すまんすまん 男1 びっくりしないでね 女A あ、はぁ 一拍 男1 えっ、あの、二人で飲んでたの? 男2 え、違うよ 男1 そうか。ゆうさん、どこ? 女A 駅前 男1 駅前の 女A 焼き鳥屋 男1 焼き鳥屋、なんてとこ 女A 何で聞くの 男1 いや、興味、好きだから。焼き鳥が。あ、とり貴族? 女A とり伯爵 男1 とり伯爵か、あ、あそこねおいしいよね 女A おいしかった 男1 トムさんは 男2 とり男爵 男1 とり男爵、あぁ、とり男爵ね、はいはい、あの駅前の。俺もよくいくわ。マスターが仲良しでね。時々チラシ置いてもらったりしてて 男2 あー、置いてあった気がする 男1 あ、はぁー、焼き鳥屋は同じなんだ 男2 奇遇だなぁ 女A そうだね 男1 え、一人? 男2 ああ、一人だよ 男1 (女Bに)ゆかっちは? 男2 別で 男1 そうなんだ。ゆうさんは 女A 私も一人で 男1 ええー、一人飲みとかするんだ。次の日は本番なのに 女A まぁ、気晴らしみたいな感じで 男1 へぇー、意外だなぁ。あるんだなぁ、そういうの 女A ねぇー 男2 (客を意識して)あ、ほら、続き 男1 そうでした。すみません。じゃどうぞ 女B え、あ 一拍 2 カディクス 女B 3日後の夕方、酒屋 照明変化 夕方 男1 ヨカナーン、ヨカナーン 女B ホドケン、酒屋のドアをたたく。が、ドアにはクローズの掛札 男1 ヨカナーン 男2、カーテンでシルエットに 男2 やあホドケン、もう今日はもうしめたんだ 男1 酒はあるかい、ウィスキー、売ってくれ 男2 いや、ない 男1 ないってことはないだろ 男2 禁酒令をしらんのか。強い酒は売れない 男1 知ってはいるが、守ろうとは思わない 男2 無法者だな 男1 とにかく酒が飲みたいんだ 男2 やめとけ 男1 なぁ店主ヨカナーン、聞いてくれ、俺は3日前理不尽に仕事を失ったんだ 男2 そうかよかったな、自由じゃないか、ここはアメリカ自由の国だ 男1 あ、いや、まぁ、そうだが 男2 仕事なんて足かせだよ。さぁ、元気に自由に生きてくんだ 男1 そんな気分じゃないんだ 男2 マイナスに考え過ぎだ、もっとプラスに考えろ。仕事なくなって良かったなん 男1 無理だよ。仕事なかったら食えないじゃん 男2 いくらでも寝られるし、やせられるぞ、よかったなん 男1 そうのち飢え死にしてしまう 男2 死んだらこんなクソみたいな世の中からおさらばできる、よかったなん 男1 よかないよ、ヨカナーン。ぜんぜんよかない、ヨカナーン 男2 それ言いたいだけだろ 男1 いいじゃんかよ、すこしだけさ 男2 俺から買ったって言うなよ 男1 わかってるよ 男2 入れるものはあるのか 男1 ここに頼む 男1 グラスを差し出す 男2 グラスに酒を入れる 男1 ありがとう 男2 外で飲むなよ、あと、俺から買ったっていうなよ 男1 わかってるよ。ありがとう、それじゃ 男2 おい、金は 男1 お、わるいな。じゃあ100ドルほど頼むわ。あとで返すから 男2 金貸す話なんてしてないだろ 男1 あ、くれるのか。わるいな 男2 はらうんだよ 男1 ちょっと何言ってるかわかんない 男2 わかるだろ 男1 つけといてくれ 女B ホドケン、酒屋からでる 男1 ひどい世の中だよ 照明変化(ミズーリ川) 川辺のBGM 女B 3日後、ミズーリ川付近。ホドケンがベンチに腰掛けて、ウィスキーを飲みながら手紙を読んでいる 男1 おかしい、何かがおかしい、どういうことだ。仕事がない。どこの誰も雇ってくれない。そして…… 女B ホドケン、手紙を読み上げる 男1 ホドケン、あなたと過ごした日々は私の人生の中でかけがえのないものだった。あなたと一緒に未来へ進みたい、そういう気持ちがないとは言えないけど、私はもう一度ダンサーという自分の夢にチャレンジしてみたいの。そのためにフランスに行くことにしたわ。最後がこんな形になってごめんなさい。あなたの人生に幸多からんことを 女B 手紙を丁寧に折りたたみ、ポケットに入れる 男1、本のページを1枚ちぎって、ポケットにしまう 男1 彼女から別れを切り出された。なぜなんだ。「あなたと一緒に未来へ進みたい、そういう気持ちがないとは言えないけど」じゃあ、いいだろ。言えなくていいだろ。チャレンジしなくていいよ。それにさ、幸多からんことをって、自分で俺の幸一個減らしてるよね、幸って一個二個って数えるのか知らないけど、おい、幸少なそうだよこの先。ああ、しかもなんでフランスなんだ、ダンスなんてここでだって……、あれ、そういうことなのか? 女B そこにアンナカ邸の若い黒人召使いベリーが通りかかる 女A、立ち上がる 女A あら、ホドケンさん 男1 ああ、ベリーさん。どうしてこんなところに 女A 買いものを頼まれたので、アンナカさんに 男1 そうですか 女A ホドケンさんはどうしてこんなところに 男1 ちょっとショックな出来事があって 女A ショックな出来事 男1 僕は、今、どん底なんです 女A どん底ですか 男1 ええ、もう、底です。どん底。ぐーっとね、低いとこにいるわけですよ。そこでこんな泥水みたいな色の汁をすする毎日 女A それお酒ですか 男1 ウィスキーです。うらぶれた心にはこいつが沁みます 女A でも今、禁酒令がでてるでしょう 男1 いいんですよ 女A お酒、売ってるんですね 男1 ええ、そこのヨカナーンの店で、毎日すこしずつ買って 女A あ、そうなんですか 男1 あ、僕から聞いたって言わないでくださいね 女A はぁ、はい。あー、でもどうしてそんなに荒んでるんですか 男1 それは、なかなか仕事が見つからず、恋人にも別れを告げられ、どうしようもない状況に陥ってるからです 女A それは、大変ですね 男1 なぜなんでしよう 女A きっと不安定なんですよ 男1 不安定? 女A きっとこの町は今、不安定なんです 男1 そうかな 女A 血が流れているじゃないですか 男1 小競り合いでしょう(酒を飲む) 女A みんなそのうち、大きな戦争になるって言ってますよ 女B アメリカが黒人奴隷の処遇で2つに割れ、36万人以上の戦死者を出すことになる南北戦争。その開戦に先立ち、南北の中間に位置するここカンザスシティでは小規模な戦闘がしばしば発生していた 女A アンナカさんは不安がっていましたよ。奴隷容認の南側も、奴隷解放の北側も味方であり敵に見えるんです。奴隷を使役して北側に商品を売り資産を増やしているんですから 男1 へぇ、そうなんだ 女A ホドケンさんはクレオール、混血でしょう 男1 ええ、父がスペイン人で 女A だから、奴隷ではない身分にいるし、普通に働くこともできる。けど、ほかの人たちからすると、敵なのか味方なのかわからない 男1 それで、誰も近づけたがらない。そういうことですかね 女A たぶん 男1 それじゃあ、引っ越しも考えないとな 女A どっちに行くんですか、北か、南か 男1 勝ちそうな方がいいかな 女A 適当ですね 男1 半端もんなので 女A 早めに決めた方がいいと思いますよ 男1 そうですね。僕のガールフレンドも危険を察知してここを離れたんでしょう 一拍 男1 (真面目な感じ)あの、ベリーさんは北側に勝ってほしいですか 女A (真面目な感じ)それは、難しい話ですね 男1 奴隷という立場から解放されたいとは思わないんですか 女A 当然、過酷な労働にさらされてる黒人たちを解放してほしいという気持ちはありますが 男1 が、なんですか 女A 一方で私の様な召使は、いまが安定しているともいえるので 男1 このままでもいい 女A そうかもしれません 男1 そうですか 一拍 女A それじゃあ。私行きますね 男1 はい 女A あ、ハルお嬢様がさみしがっていましたよ 男1 はぁ、よろしくお伝えください 女A はい。飲みすぎには気を付けてくださいね 女B ベリー、去る 男1 暗くなってきたな。そろそろか 女B ホドケン、人気の少ない夜道を歩く 男1 そこの人 一拍 男1 そこの人 男1、女Bに話しかける 男1 すみません 女B えっ? えっ? 男1 彼氏いますか 女B いやちょっと 男1 もし仮に、あなたに恋人がいて、その恋人が昨日の夜ほかの女と焼き鳥屋で飲んで、そのまま朝まで一緒で、翌日の大事なイベントに遅れてきたとしたら、どう思いますか 女B ちょ、急にどうしたの 男1 すみません、酔っぱらうと、道行く人に勝手な質問をしてしまうんです 女B あ、ああ、そう 男1 別れますか 女B たぶん 男2 おまえ何言ってんの 男1 (アドリブ) 音楽CI 溶暗 照明変化(アンナカの部屋・狭い) 舞台の区切りを変更する 女A 深夜、アンナカ邸。アンナカの独白 時計の音? 不安な感じのBGM 男2 正直に告白すれば、恐ろしかった。私はあの、ホドケンという混血の男が恐ろしかった。北部からきた集団が南部の連中を殺したかと思えば、翌週には北部の連中が報復を受けている。日に日にこの町を境に南北の溝は深まっていく。そんな中、あいつは我関せずと言った様子でここに来て娘の勉強を見ている 女A アンナカ、立ち上がり右手の人差し指をこめかみに当て、顔を2度振る 男2 娘のハルもあいつになついている様子だった。何をしでかすかわからない。早めに手を打とうと思った 女A アンナカ、腰に手を当てて、部屋の中をうろつく 男2 それで、あいつを首にしてしまった 女A アンナカ、あごに手を当てる 男2 しかし、それは間違いだったかもしれない。恨みを買った。かもしれない、あいつは、私を恨んで、復讐に来るかもしれない 女A アンナカ、おびえたような表情で部屋を見渡す 男2 正体不明(アンノウン)は近くにいても、遠くにいても恐ろしいのだ 女A (大きい声で)ニャーン! 男2 うわぁっ! 女A アンナカ、猫に驚く 男2 なんだ猫か 女A アンナカ、ほっと胸をなでおろす 影絵で猫 男2 あの男は近くに置いておけばよかったんだ。あのホドケンという男にはただならぬものを感じていた。それが今や野放しだ。しかも私に恨みを抱いている。見た目はただのクレオールに過ぎないが、事実はそうでないかもしれない。この不安は日増しに少しずつ借金の利子のように増えていく。あぁ……、人間は自分の肘を舐められるのだろうか 女A アンナカ、精神的に追い込まれ、肘をなめようとする 男2 むむむっ、むぐぐっ。できない、やはり人間は肘をなめることができない! 女A アンナカ、我に返る 男2 はっ! しまった、またやってしまった。私は精神的に追い込まれるとこういう事をやってしまう少し残念な人間なのだ 女A アンナカ、ゴルフの素振り(パター) 男2 ただ、一番の問題は、この本だ。カディクスの議定書。本当なのだろうか 女A アンナカ、本を読む 一拍 女A (大きい声で)ニャーン! 男2 うわぁっ! 女A アンナカ、猫に驚く 男2 なんだ、また猫か 女A ハルがドアを開けて入ってくる     照明変化(アンナカの部屋・広い) 女B (心配そうに)父さん、夜中にどうしたの 男2 ああ、ハル、すまない。猫に驚いたんだ 女B 猫に、そうなんだ 男2 気にしなくていい 女B あ、またその本読んでるんだ 男2 ああ 女B それなんなの? カディクスの、議定書? カディクスって? 男2 カディクスってのは、スペインの西岸にある港町だよ。そこからこのアメリカに渡ってくる船も多いんだ 女B へぇ、それで、どんな内容? 面白い? 男2 (淡々と)別に面白い内容じゃないよ 女B 面白くない本を父さんが読むの? 男2 (淡々と)読むよ、父さんだって色んな本読むよ 女B 父さんが興味あるのはお金の事、商売の事。面白くない本は読まないでしょ 男2 (淡々と)いや、面白くない本も読むよ 女B 面白くないのに読むの? なんで? 修行? 男2 いいかい、ハル。人間、長い間生きていると面白くない本を読むってことも必要なんだ 女B 今まで、本読んでるのなんてほとんど見たことなかったのに 男2 お前が見てないときに読んでたのさ。あー、ついに見つかってしまったか 女B なんか、怪しい気がする 男2 お前みたいな年頃はなんでも訝しがるもんだ 女B もしかして 男2 なんだ 女B いやらしい本なんじゃないの 男2 ば、バカを言うな 女B 卑猥な本なんじゃないの 男2 違う 女B ポルノグラフィティなんじゃないの 男2 そういうのじゃないから 女B (露骨に)汚い、父さんほんと汚い 男2 違う、まったくもって違う 女B 否定するってことは、そうなんだね 男2 どんな論理だよ 女B 女の勘ってのは鋭いの、とがってんの、そらもうカジキマグロ級のとんがり具合よ 男2 それは不幸なことだな 女B (頭を掻く)あー、なんだか最低な気分。同じ屋根の下で父親がそういうの読んでると思うと、胃がムカムカしてくる。胃がムカムカしてきて、胃液に少し溶かされた夕飯のクラムチャウダーが謎の力で押し上げられて、食道を通って喉まで到達、喉からは口と鼻に分岐して、田舎のビジネスホテルのシャワーみたいにだらだら顔を伝いそう 男2 なんでああいうところのシャワーって水圧弱いんだろうな 女B そういうのは隠れて読んでよ 男2 そういう本じゃない 女B じゃあ、どういう本なの 男2 なんだっていいじゃないか 女B そうやってごまかすから、秘密めいたものに見えるだって。なんだっていいなら教えてよ 男2 お前は見なくていいんだよ 女B そういわれると見たくなるでしょ 男2 じゃあ、これは卑猥な本だよ! もうすんごい、卑猥。卑猥界のチャンピオンだよ。五回くらい王座防衛に成功してる伝説のチャンピオンだ。もう卑猥すぎる、卑猥すぎて逆に萎える。そんなのが見たいのか? 一拍 女B 見たい! 男2 ええーっ! 女B 卑猥な本、見たい 男2 まさか、そうくるとは 女B ほら、はやく見せてよ。淫猥図画見せてよ。どれだけでも拝見しますよこちらは 男2 ぐぬぬ、そこまで開き直るなら仕方ないな。本当は、卑猥な本じゃない! 女B 分かってるっての 男2 そうか 女B タイトルがカディクスの議定書なのにそんな本のはずないでしょ 男2 やるな。しかし、カムフラージュという場合も…… 女B それで、何なの 女A アンナカ、あごに手を当てる 男2 今、アメリカは真っ二つに割れて戦争を始めようとしている。これは黒人奴隷をどう扱うかで対立しているんだ 女B それは知ってるけど 男2 その中で扱いの難しいのが混血、クレオールだ。黒人の血は交じっていても、奴隷という身分ではないあいつらはどちらの陣営につくかわからない 女B それとその本とどういう関係があるの 男2 スペインのカディクスという町はクレオールが多く住んでいるんだが、そこでクレオールの集会があったらしい。このカディクスの議定書というのは、その集会の議事録のようなものなんだ 女B クレオールの集会で話し合われた結果って事 男2 ああ、そういう事だな 女B 中身は 男2 結論から言えば、今まさに火ぶたが切られようとしている戦争を引き起こしたのは、クレオールたちだと書いてあるんだ。クレオールたちがアメリカに内戦を引き起こし滅ぼそうとしている 女B 嘘でしょ 男2 ああ、嘘かもしれない。クレオールに恨みのある人間が流したのかもしれない 女B 父さんはその本をどこから 男2 もらったんだよ。取引の相手から、読んでおいた方がいいってね 女B じゃあ、それでホドケン先生を首にしたの。ホドケン先生がクレオールだから 男2 まぁ、そうだな 女B 本当かどうかわからない、そんな妄想話みたいなものを信じて 男2 勿論私も信じているわけじゃない。というかあまり信じていない。ただ 女A アンナカ、鼻毛を抜く。息で吹き飛ばす 男2 なんとなく近くに置いておくのが怖くなっただけだよ 女B そんなのが理由になる? ホドケン先生仕事が見つからず、恋人にも捨てられ、最近ずっと川辺でお酒飲んでて、もうなんか世捨て人風になってるんだよ。近くのホームレスからも一目置かれる存在なんだって 男2 そりゃすごいな 女B 父さんはそれでいいの 男2 (誤魔化す)あー、酒なんてまだ売ってるのか 女B え? あぁ、ヨカナーンって人の店で買えるみたい 男2 ほぅ、だれから聞いたんだ 女B あの、ベリーさんから 男2 そうなのか、へぇ。今度買ってこよう 女B あ、あああ、でも、私から聞いたって言わないでよ 男2 あぁ、分かってるよ。それじゃあな、おやすみ 女B うん、おやすみー 女A ハル、部屋から出る 男2 ふぅむ 女A ハル、戻ってくる 女B 途中だった! 話途中だった! おやすみって言われたからおやすみって返して寝ようとしてた! あっぶねー 男2 気づかれたか 女B 本能を利用した卑劣な罠にかかるところだった 男2 そこまででもないけど 女B さすが父さん、狡賢い 男2 父親に向かって言う形容詞かそれ 女B やっぱり商人は侮れない 男2 わさわざ戻ってきてまで、何を話すんだよ 女B ホドケンさんの事。父さんはホドケン先生に悪いことをしたとは思わないの 男2 そんなのどうでもいいだろ 女B よくない。そんな適当な誰が書いたかもわからない本一冊で、人生がまるっきり変わるんだから 男2 人生なんてのは本に書かれるまでもなく、個人的な好き嫌いですら大きく変わるもんだ 女B でも、ほかの仕事先を紹介してあげるとか 男2 仕事仲間もみんなこの本を読んでる。中には真正面からバスーンと受け止めて、クレオールの排斥をしようってやつもいる。とても勧められんよ 女B ホドケン先生は何も悪いことしてないのに 男2 混血児に生まれたことが失敗だったな。奴隷じゃなかったのが救いだ 女B それは、そうかもしれないけど 男2 ずいぶんとホドケンの奴の肩を持つんだな 女B べ、べつにそんなことないけど 男2 どうしたんだ 女B 何でもないわよ 男2 ハル、お前、そうか 女B な、なんなのよ 男2 (優しい顔で)優しいんだな 女B えっ? 男2 (慈しむ感じ)優しい子に育ったんだな 女B う、うん、まぁ。そうだね 男2 さぁ話はこれで終わりだ。もう遅い。そろそろ寝なさい 女B 分かった 女A ハル、部屋からでようとする 男2 (不安げに)ハル、ホドケンは私を恨んでいる様子だったか 女B 私、会ってないから 男2 それもそうか 女A ハル、部屋からでる 女B はける 溶暗 3 ソロモン 照明変化(ミズーリ川) 女B さらに3日後。ホドケン、川辺で酒を飲んでいる 男1 ちょっといいか 男2 え? 男1 また止めていいか 照明変化(素) 女A えっ? 太田さん? 男1 (客に)すみません、本番中ですが、別の話をしたいと思います 女B いや、え? え? 男2 なんで 男1 ずっと、気になって集中できないんだ 男2 なにが 男1 あのさ、トムさん 男2 え、なになになに 男1 今日、遅れてきたじゃん 男2 うん、悪かった 男1 でさ、ゆうさんも遅れてきたじゃん? 女A うん 男1 そんなのある? 男2 あるかって言われても、あったし 男1 なんかさ、怪しくない? 女A 怪しい? なにが? 男2 今言う事かそれ、お客さんもいるのに 女A そうだって、(客に)すみません 男1 いやもう聞きたい、お客さんにも聞きたい、なんかおかしいでしょこれ 男2 お客さんに聞いてどうすんだよ 男1 あ、ゆかっち、ゆかっちに聞こう。ゆかっちどう思うの 女B え、いや、まぁ。ちょっと怪しいとは思うけど、そんなに富岡さんの事疑いたくないっていうか、そういうの私すぐ疑心暗鬼的なことになるし 男1 いや、気にしようよ。だって付き合ってるんでしょ、二人 男2 ちょ、太田 男1 (客に)あ、そうなんですよ、この二人付き合ってるんです 女A それここでいう必要ある 男1 その方が話の背景わかりやすいだろ 女A でもさ 男1 別に隠しとくことでもないだろ 男2 でもほら、俺のファンの子が悲しむだろ 男1 ファンなんていねーよ! 芸能人でもないし、恋人がいたところで誰も悲しまないわ。大体、あんたに担当がいるのか、ウチワ作ってくんのか 男2 ちょっと言ってみたかっただけだよ 女A 太田さん、ほんと何にもないから 男1 いやいや、おかしいでしょ、絶対、ねぇ 女B でも。ね、富岡さん、そんなことないよね 男2 勿論だよ。お前が勘ぐりすぎなんだよ 男1 だってゆかっち、二人同時に前日飲みすぎて遅刻だよ。あ、そうだ、ゆかっちは昨日はどうしてたの 女B え、昨日? 男1 うん、昨日。リハ終わって。トムさんは一人で飲んでたんでしょ。ゆかっちは 女B 家にいた 男1 あ、そう。一緒にご飯食べたりとかはなく 女B 全然、飲みに行くっていうし 男1 あ、そう、そう 女A 太田さん、別にそういう事だってあるでしょ 男1 なんかさ、なんか納得いかない 男2 何がだよ 女A ほんと何もないから 男1 ゆかっち、やっぱりさ、変だって。二人で口裏合わせてるんだって 男2 太田、何を根拠に 男1 だって、二人して遅刻って 男2 たまたま、偶然、そういう事だってあるだろ 男1 偶然で片付く話かそれ 女B 太田さん、もしかして、私と富岡さんを別れさせたいんですか 女A え、なにそれ 男1 え、ゆかっち何言ってんの 女B だって、そんな風に言われたら、なんか二人疑わしい気がしてくるし。そうやって少しずつ疑惑や不信感が借金の利子みたいに積み重なって、いずれ信じられなくなりそう 男2 流されやすいなぁ 女B 私たちを別れさせたいんでしょう 男1 いや、別に別れさせようって事じゃないけど 女B だって、太田さん前に…… 男1 あ、いや、ちょっと、ゆかっち? 男2 どうした 男1 はい、やめよう、この話やめよう 女A は? 急にどうしたの 男1 こんなことして場合じゃないよな 女A 太田さんが始めたんでしょ 男1 (客に)いやー、すみませんね、お待たせしてしまって。続き読みましょうか 男2 待てよ、気になるじゃんかよ 男1 リーディングを始める 男1 ふぅむ、どうしてこんな事になってしまったんだ 女A ホドケン、みすぼらしい格好で川辺に座っている。酒を飲む 男1 ミズーリ川よ、教えてくれ、俺はどうしたらよいのだ。悲しみとも怒りとも言えぬこの感情を、悠久の時を流れるその川底に沈めることができたら、どれだけ清々しく明日の朝の空気でこの胸を満たせることだろう。いいや、それも叶うまい。この胸にはもう2度と蓋がることのない穴がぽっかりと開いているのだ。その穴から漏れる老人の息吹にも似たゴヲゴヲという音に、今まで気さくに会釈を交わした街の婦人たちも寄り付かなくなった。俺に残されたのはこのグラスの中の泥水だけだ。ヨカナーンの店はどこからか酒を売っていることがバレて近々閉めることになったそうだ。まとめてツケを払おうと思っていたんだが、口の軽い奴は本当に害悪だな。さぁ、これを飲み干したら、この街を出よう 女A ホドケン、酒を飲む 男1 しかし、気がかりなのは、今でも納得がいかないのは、どうして急に俺があの屋敷を首になったかだ。あの男の気まぐれと言えばそれで決着がつくがしかし、それを鼻をつまんで飲み込んだとしても疑いの炎は俺の胸で燻り続け、じわじわとこの身を焦がし、胃の中から立ち上る疑惑の煙が、この陽気な舌を煤にまみれた煙突に変えてしまうだろう 女A ハル、現れる 女B ホドケン先生 男1 おや、ハルお嬢様じゃないか。どうしたんだこんな場所で。ホームレスになるには着ているものが上等すぎるぜ 女B 先生ってスペインから出て来たんだよね 男1 ああ、そうだよ、その前はオフクロの腹の中からだけどな 女B スペインのどこ 男1 しけた港町だよ 女B なんていうところ 男1 どうしてそんなことを聞くんだ。学校で探偵ごっこが流行ってるのかい 女B もしかして、カディクス? 男1 あ、ああ。そうだが。すごいな、あたりだ。探偵の才能あるよ 女B これ、読んで 男1 何だいこれは 女B 父さんが読んでた本、ちょっと借りてきたの 男1 ああ、アンナカさんが珍しく読んでたあの本か 女A ハル、ホドケンに本を渡す 男1 本を読みながら、本を読む 男1 カディクスの議定書? 女B この戦争をたきつけているのがクレオールたちだっていう内容で 男1 へぇ、そうなんだ。アンナカさんがSFを読むとは思わなかったな 女B お父さんそれを読んで、ホドケンさんを首にしたみたい。この街の人たちがホドケンさんを雇わないのも、たぶんそのせい 男1 そんな事をしてどうなるっていうんだ 女B わからないけど 一拍 男1 ハルお嬢様、教えてくれてありがとう 女B そんな話嘘だってわかってるのに 男1 社会が不安定な時は、みんな誰かを悪役に仕立てたいものなんだ 女B ホドケン先生かわいそう 男1 いいんだ、何かスッキリしたよ。僕は納得したかっただけだから     納得はすべてに優先される 女B ホドケン先生いつも言ってたよね 男1 勉強っていうのは納得して、それを積み重ねていくものだからね 女B また、勉強教えて欲しかった 男1 そうだね 一拍 男1 日も暮れてきた。そろそろ帰った方がいい 女B じゃあ、そうする 男1 さよなら 女B さようなら 女A ハル、立ち去る 女B あの、ちょっといいですか 男1 えっ? えっ? 立ち去ったんじゃないの 女B あの、止めていいですか 男1 いやいやいや。本番中だから 女A ゆかっちゃん、なんなの 男1 ゆうさん何で聞く体制に入るの。(客に)なんかすみません 女B その、富岡さんがゆうこさんと昨日一緒にいたんじゃないかって、私を不安にさせるのって、結局太田さんが、私と富岡さんを別れさせたいからですよね 男1 それぶり返しちゃうの 女B ですよね 男1 そういうんじゃないよ 女A そこ話が飛んでよくわかんないんだよね 男1 なんでもないですよ 女B だって、1年位前に太田さんから付き合ってほしいって言われて、でも私には富岡さんがいるからって断ったのが尾を引いてるんでしょ 男2 え、なに、太田、なにそれ 女B 隠してたのは悪かったけど 男1 なになになになに、全然、全然そういうのじゃないって。ちがうから 女B 私が富岡さんと別れたら、私と付き合えると思ってるんでしょ 女A ずいぶんと高いところからの物言いだな 男1 そんなんじゃないよ 女B 私、富岡さんとは別れないから 男1 (客に)なんかすごく俺みじめな感じじゃない? 男2 お前が余計なこというからだろ 女A あのさ、(強く)こんなこと言いたくないけどさ、太田さんさ 男1 あ、ちょっと、ゆうさん 女A 太田さん最近、私にデートしましょうよとか言ってくんの、(より強く)こんなこと言いたくないんだけど 男2 へ、へえー 男1 デートっていうか、ちょっと遊ぶっていうか 女A それってさ、ゆかっちゃんに振られたから、じゃあ私っていう? そういう順番があんたの中にあったのかって話よ、(より強く)こんなこと言いたくないんだけど! 男1 じゃあ言わなきゃいいじゃんよ! 女A 太田さんそういう風に優先順位つけてたってこと? 男1 別に優先順位とかそういう事じゃなくてさ 女A 私よりゆかっちゃんの方がかわいいってこと? 男1 え、全然そういう話じゃないじゃん 女A 太田さんそれちょっと失礼じゃない? 男1 え、失礼とかそういうジャンルの話? 女B ゆうさんもかわいいですよ 男1 そう、そうですよ、ゆうさんだってかわいいですから 女A なんだよそれー、ゆうさんもとか、ゆうさんだってとか。ゆかっちゃんがかわいいのが前提で、私がなんかそこまで引き上げてもらったみたいな、下駄はかされたみたいになってるし、それって何なの、情けなの? 武士の情けなの? あんた武士なの? 男1 武士ではないです 女A バカにしてるでしょ 女B そんなことないですよ、ゆうさんかわいいですから。私なんてゆうさんに比べたら全然下、下も下、底、どん底ですよ。ゆうさんの靴底を這うゴミムシですから 女A 何言ってんの、ゆかっちゃんかわいいから。私なんてそのゴミムシの足の下にいるクソムシだから 女B いやいや、私なんてもうそのクソムシの足の下にいる謎の生き物ですから 女A 私なんて…… 男2 やめよう、そのミクロの話やめよう 男1 ゆうさんかわいいですから 女B ゆうさんかわいいです 男2 ゆうこさんかわいいよ 女A ま、まぁ、うん、えへへ 一拍 男1 うん、よかった 間 男1 (端の方の客の方に)あの、なんかすみませんね 客、小さい声でしゃべりだす 客にピンポイントで照明 客 う、いえ、大丈夫です 男1 あれ、もしかして 男2 どうしたの、知り合い? 男1 いやだって、とり男爵の店長でしょ 客 あ、は、そうっす。とり男爵の 男2 あ、そうだっけ 客 どうも 男1 あ、観に来てくれたんだ、ありがとう 客 い、いえ、こちらこそ、いつも来てくれて 男1 いえいえ 女B とり男爵って、焼き鳥屋の 男1 そうそう、ほら、駅前の。前にも打ち上げしたじゃん 客 あ、お世話になってます 男1 今日は立場逆だけどね 客 そ、そっすね 男1 あれ、じゃあ、じゃじゃ、昨日も働いてた? 客 あぁ、そうっすね、は、働いてました 男1 そしたらさ、この人(男2)来てた? 客 いや、う、それなんすけど、自分がこんな事いうのもあれなんすけど 男1 え、なに。来てなかった? 客 来てました 男1 あ、そうなんだ。一人で 客 いや、二人で 男1 へぇ 間 男1 んー、それは、誰と来てました? もしかして 男2 ほらほら、本番中だからさ、太田 女A 進めようよ、ねぇ、ゆかっちゃん 女B え、いや、でも 男2 さ、高山さんのト書きからだよ 女B あ、はい 男1 ふぅむ 女B ト書きを読む 女B 深夜、アンナカ邸付近。ホドケンが一冊の本を手にたたずんでいる 照明変化(アンナカ邸の庭・夜) 男1 神がいるとすれば、なぜ人間をこんなに愚かに作ったのだろうか。眠い目をこすりながら書いたようなこんな代物を、髪の毛の先ほども信じることができないこの本を、彼は信じたのだ。太陽が西から昇ると言われて、そうかもしれないと思う人間がこの屋敷の主以外にいるだろうか。ここには確固たる嘘、偽り、虚偽があり、真実ではないという真実だけがある 女B ホドケン、裏口から屋敷に忍び込む 男1 勝手知ったるなんとやらだ 照明変化(アンナカ邸の中) 女B そこに、荷物を抱えたベリーが慌てた様子で現れる 女A えっ、ホドケンさん? 男1 おや、ベリーさん、こんな時間にどこへ 女A 逃げるんです 男1 どういうことですか 女A 戦争ですよ 男1 戦争ですか、へぇ 女A 街のうわさで聞きました、明日にはこの街で戦闘が行われるだろうって。だから、ここから逃げるんです。まだ死にたくないですからね 男1 アンナカさんは 女A 自室で寝ていると思いますよ。ホドケンさんこそどうして 男1 あぁ、挨拶です。僕もここを離れようと思ってアンナカさんに最後の挨拶を 女A そうですか 男1 薄情なんですね。旦那様とは逃げないんだ 女A 奴隷に情を期待する方が間違ってますよ 男1 なるほど、一理ある 女A それじゃ、お気をつけて。明日の朝には街中を銃弾が飛び交っているかもしれません 女B ベリー、屋敷を出ようとする 男1 ベリーさん、ちょっと待ってください 女A どうしました 男1 やっぱりおかしい 女A えっ? えっ? 男1 だって、昨日の夜は焼き鳥屋で一緒に飲んでたんだ。もっと親身になってもいいでしょう 女A ちょっと 男1 ベリーさん、あなたとアンナカさんが昨日一緒にいたのは分かってるんだ。店主が見ている 女A 何かの間違い、そう、見間違いです。煙越しで見間違えたのでは 男1 それはない。あの店は排気がしっかりしているから 女A じゃあ嘘ね 男1 嘘? 女A そう言うように買収されているんじゃないの、あなたに 男1 そうまでしてあの二人を別れさせたい。僕も薄っぺらい人間に思われたものだ 女A じゃあ何で、こんな事にこだわるの 男1 納得したいんですよ、納得はすべてに優先される。こんな本一冊に左右される僕の運命というものを納得したいんです 女A それは 男1 カディクスの議定書という名の、フィクション小説、作り事、ねつ造、いわゆる偽書です 女A どこからそれを 男1 ハルお嬢様から 一拍 男1 この本で、僕の人生は大きく狂った。でも、本当に狂わせたのはこの本ではなく、この戯言を少しでも信じた人間です。あの人は本当にバカだったんだ 一拍 女A 会ってどうするんですか 男1 挨拶ですよ。別れの挨拶だ。長ったらしい前口上はいらない、さようなら、の一言をあの人の胸に突き立ててやるんだ。それであの人ともこのカンザスシティともおさらばだ 女A 酷いことが起きないことを願っています 女B ベリー、去る 男1 彼らの非道は私の骨の髄まで痛めつけた。だが、私は自分の怒りに立ち向かい、高貴な理性の味方になろう。復讐よりは、許しの徳こそが気高い行為なのだ。誰のセリフだったか。しかし、地の底這い、泥をすすった俺に、高貴さなどかけらも必要ないのだ 一拍 男1 いざ、参ろうか 溶暗 4 騒乱 照明変化(素) 間 女B 立っている 女B …… 男1 あれ 女B …… 男1 ゆかっち、ゆかっちのトコだよ 女B 読めません 男1 えっ? 女B 悲しくて、本が読めません 男1 どうしたの 女B だって、トムさんとゆうこさん、昨日一緒にいたんでしょ 男1 あ、ぁぁ、その話、その話ね。うん、そうらしいよ 男2 ちよ、高山さん、何にもないから、ほんとに 女A そうそう、ほんと、人違いだから 男1 マスター、本当? 客 いや、絶対その二人でした 男1 ねぇ 女B そこんとこ、そこんとこどうなんですか 男2 そこんとこって 女B 真実です、真実が知りたいんです。人違いなのか、本当に二人で焼き鳥食べていたのか 男2 それは 女A う、それは 男1 本当の事言ってくださいよ。どうなんですか 一拍 女A それは、本当だけど 一拍 男1 へぇー、そうなんですか、そうなんですね!!!! 男2 いや、でもね、焼き鳥食べただけだから 女A そうそう、なんにもないから 男1 ゆかっち、こんな事言ってるけど 男2 ほんと、ほんとなんだって 女B あ、そうですか、よかったです 男1 信じるの? そこ信じるところ? 女B だってそう言ってるじゃないですか 男1 ほならね、今まで嘘ついてたことになるでしょ、何で嘘つく必要あったんですかっチュー話ですわ。やましいことがあったんじゃないかって思うでしょ普通 男2 やましいことなんてないよ 男1 じゃあなんで嘘ついたんですか 女A それは、ほら、逆に勘違いさせちゃうと思って。変に気を遣ったっていうか 女B あ、ありがとうございます 男1 ゆかっち、そこはそうじゃないよ。確実に嘘だから 女B でも実際、二人で飲みに行くって言われたら何か気にしちゃうし、それなら黙っててくれた方がいいっていうか 男1 黙って浮気されてんだよ 女B もう、なんなんですか、太田さん。二人は焼き鳥食べただけって言ってるんだから、それでいいじゃないですか 女A そうだそうだ 男1 ええー! だ、だって 女B 富岡さんは浮気なんてしてないです 男2 その通り。わかってもらえて助かるよ 男1 は、はぁーん 一拍 男1 焼き鳥食ってただけなわけねーだろ! 男2 ふわ、びっくりした 男1 少なくともね、朝までは一緒だったんですよこの二人は。だから二人とも遅刻したんです。どちらかの部屋か、はたまた高速道路のインター付近に乱立しているような建物か、なんかそういう感じだったのは間違いないですよ! 男2 何を根拠に言ってんだ 男1 焼き鳥屋で、ももとか、かわとか食べて、ほんで、その次じゃ、なんだ、あ? あー そこでも、ももとか、胸とか、ぽんじり、ぽんじりを、むしゃむしゃーってさ! ぽ、ぽぽっぽっぽ、ぽんじりぽんじり、食ってたわけですよ! 女A やめてよそういう事言うの 男2 太田の妄想が過ぎる 男1 妄想じゃない。ほら、トムさん今日本番中遅れて来たでしょ。ゆかっちもいたよね 女B うん 男1 来た時に一言も、ゆうさんの事言わなかったよね 女B そうだっけ 男1 そうなんだよ。普通さ、ゆうさんは? の一言くらいあってもいいと思うのに、ゆうさん来てないことが分かってるみたいだったでしょ 女B 裏でスタッフの人に聞いたとか 男1 さっきはけた時に聞いたら、トムさん会場の入り口から直接ここまで来たって。だから、誰とも会ってない 男2 それは、ここに来てゆうこさんいなかったから、あ、遅れたんだなって 男1 どういう理解力だよ。エスパーかよ。遅れてるってわかってないとそんな風に思わないっしょ 男2 思ったもんは思ったんだよ 男1 いいや、僕の推測通りだと思いますよ。朝起きてすぐ遅刻することに気づいた。だけど二人同時についたらさすがに不自然だ。だから少しずらして出よう。そんなやり取りがあったんじゃないかと 女A ないない、そんなのあるわけない 男1 ゆかっち、だまされちゃいけないよ 男2 高山さん、ほんと違うから 女B 大丈夫です 男1 えっ 女B 富岡さんとゆうこさんが、そんな事するはずないですから。まさか、ねぇ。同じ劇団の中で、そういう事があるとか、ちょっと 男2 お、おう 女B それにゆうこさんは、私と富岡さんが付き合ってるって知ってるんですから、それってありえないですよ 女A う、うん、そうそう 女B だから、太田さん、もうそういう事言うのやめてください。太田さんのせいでなんか不安定になっちゃうから 男1 え、ええー! でもさでもさ 女B いいんですって、そもそも太田さんがこんな事言うから悪いんですよ。太田さんさえ、太田さんさえいなかったらこんな気持ちになることもなかったのに! 男1 結構抉るね、抉ってくるね 女B 太田さんの事嫌いになりそう 男1 ええー! 女B もともと嫌いなのに 男1 あ、そうなんだ 女B いいですか、太田さん。富岡さんとゆうこさんは昨日飲みに行っただけ。嘘をついたのは、私に気を遣ってくれたため。今日遅刻してきたのは、たまたま二人同時に寝坊しただけ。それだけなんです 男1 それって無理があるでしょ 女B やめてって 男1 だってさぁ 女B 手首の傷増えちゃうから 男1 あ、はい 一拍 女A あ、じゃあ話もまとまったし、続きやろうか 男2 (客に)すみませんね、見苦しいところお見せしてしまって 女A じゃあ、続きから。ゆかっちゃん 女B はい 一拍 5 戦争 照明変化(アンナカの部屋) 女B アンナカの自室。ホドケンゆっくりとドアを開ける 男1 夜分にすみません 女B アンナカ、椅子に腰かけている 男1 起きてましたか 男2 何か寝付けなくてね 男1 そうですか 男2 君が来るんじゃないかと思っていたよ 男1 これを、お返しします 女B ホドケン、アンナカに本を渡す 男2 ハルか 男1 はい 男2 困ったやつだな 男1 逃げないんですか 男2 何の話だ 男1 もう、明日には戦争がはじまるそうですよ 男2 知っているよ 男1 じゃあ、どうして 男2 (毅然と)この戦争は私たち資本家にも原因がある。巻き込まれるのも覚悟の上だ 男1 ベリーさんはさっき出ていきましたけど 男2 奴隷が逃げるのはよくあることだ 男1 そうですね 男2 用事はそれだけか 男1 いえ、もう一つ。聞きたいことが 男2 なんだ 男1 どうして、僕を首にしたんですか 一拍 男2 その本、読んだんだろ。その通りだよ 一拍 男1 本当にそれだけですか 男2 ああ、そうだ 男1 それだけの事で、僕はこんな目に合わなければならなかったんですか。職を失い、人は離れ、金も地位も何もなく路傍の石と変わらない存在になった。その一冊の本をあなたが読んだがために 男2 ああ、そうだ 男1 なんて愚かな。その荒唐無稽な内容を少しでも信じるだなんて 男2 私も、そう思うよ。しかし、こうして考えてみると、この本は、私を後押ししただけなのかもしれない。少なからず、私はクレオールという存在を認めることに疑問があったんだ。美しい真っ白な馬の背に一点の染みを見つけた時のような感覚だよ。それが気になるんだ 男1 そんなことが許されるとでも 男2 それがモテるものと、そうでない人間の違いだよ 男1 自分がモテる側だと思っているのか。その傲慢なやり方には反吐が出る。あんたが過ちを犯したことは間違いないんだ 男2 考えすぎだ。ごく普通の事だ 男1 俺はすべてを奪われた。あんたにしてみれば些事かもしれない。この場も何とか逃げおおせるかもしれない、しかし 一拍 男1 ゆかっちに振られたとき、あんたと付き合ってるって聞かされて、まぁそれは仕方ない、それは仕方ないと思った。そういう事もあるだろう。それで、まぁ、じゃあ、ゆうさんと仲良くなろう、そう思ったら今回の焼き鳥事変だよ。おかしいだろ! 男女22の団体で、なんで二人ともあんたが攫っていくんだ。挙句俺が悪者扱いだ。あんたは俺からすべてを奪ったんだ! 男2 それは誤解だ、そうじゃない 男1 いまさら聞く耳は持たない。アンナカさんこれは戦争だよ。北と南との、クレオールと白人との、そして、あんたと俺との戦争なんだ 女B ホドケン、ナイフを取り出す 音楽FI 男2 どうしたんだナイフなんて。夕食の時間はとうに過ぎているぞ 女B アンナカ、立ち上がる 男1 夜食ですよ。あんたの胸の肉を1ポンドいただこう 男2 まて、まてまてまて、冗談なら笑えないな。どうせおもちゃなんだろう 男1 まさか、本物ですよ、本物のナイフです 男2 本物って 男1 さぁ、神に祈ってください 男2 まて、待つんだ。ホドケン、私が悪かった、だから、待て、待ってくれ 男1 待てませんよ。すでに開戦の狼煙は上がっている 男2 まて、落ち着け! あぁ……! 女B アンナカ、精神的に追い込まれ、肘を舐めようとする 男2 むぐっ、むぐぐっ、だめだ、やはり人間は自分の肘は舐められない 男1 何をやってるんです 男2 俺は追い込まれるとこういう事をやってしまう人間なんだ 男1 本当に残念な人だ。だからあんな本を信じてしまうんだ 男2 わ、私の本心を言おう。さっきも言った通り本はきっかけに過ぎない。クレオールを一等下に見ていたこともあるが、何よりも、私はお前が怖かったんだ。お前が娘ハルを見るその視線の奥に狂気のようなものを感じていた。時折ハルの腕を、首筋を、髪をねぶるような眼で見ている気がした 男1 それは、考えすぎですよ 男2 それで、高山さんに相談されたんだ。太田さんが私をいやらしい目で見ている気がする、頻繁に食事に誘ってくるって 男1 え、いや、何それ 男2 相談に乗っているうちに、親密になり、俺たちは付き合い始めた 男1 も、問題をすり替えるんじゃない。ゆうさんに手を出したのは何なんだよ 男2 何もしてない。昨日の夜、今度はゆうこさんが、最近太田さんが私をいやらしい目で見てくる、頻繁に食事に誘ってくるっていうから、相談ついでに飲んでたんだ 男1 なんだよそれ! それじゃあ俺が単なる嫌われもんじゃないか 男2 残念ながら、そうなんだ。お前だけみんなから名字で呼ばれてるだろ。下の名前すら知らないんだよ 男1 かずひろだよ! 男2 そうか、かずひろか! 初めて呼んでやる。かずひろー! 男1 こんちくしょー! 男2 俺が好かれているんじゃない、お前が嫌われているんだ 一拍 男1 怒りという感情がマグマのように胸の中からこみあげてくる。僕自身が熱い塊になって目に映るものすべてを飲み込んでしまいたい。……ええ、僕は、確かにお嬢様をそういう目で見ておりました。あの白い首筋に舌を這わせたい、白い二の腕に私の歯形をつけたい、あの可憐な口で汚い豚野郎めと罵られたい、そう思っておりました 男2 やはりな 男1 思っただけです。心のうちに描いただけでそれが罪だというなら、僕はすでに人殺しの咎で牢獄にいるはずだ。まぁ、これから本当に殺人者になるわけですが 男2 脅しだろ、偽物なんだろう 男1 試してみましょう、刺してみて血が出たら本物だ 男2 おい、太田 男1 さぁ、これが今ちまたで大人気、燃え盛る怒りの短剣だ。鉛の板も露のように流れ落ち、人間の皮膚だってバターみたいに簡単だ。あ、そちらの方はどうやら信じてない、仕方ない、実演販売と行きましょうか 男2 やめろ、ホドケン 男1 自分のした事を悔いるんだな 女B ホドケン、アンナカの胸にナイフを刺す 男2 ぎゃあー! 女B アンナカ、死ぬ 一拍 音楽FO 男1 これで戦争は終わりだ。白黒ついた。あっけないものだ。金にものを言わせて威張り散らす資産家も、心臓にナイフが届けば死臭を漂わせる薄汚れた肉片になる。僕の怒りも嘘のように消え失せた。とても清々しい気分だ 女A ハル、現れる 女B 今の声は何ですか。……ホドケンさん? こんな時間に、これはいったい 男1 やぁ、ハルお嬢様。夜更かしは体に良くないですよ 女B ど、どういうことですか、あれ、父さん? 父さん? 男1 死んだよ 女B え? 父さん、あ、ナイフが 男1 僕が刺したんだ 女B こんなに血が、え、父さん、富岡さん? 父さん? 富岡さん?  男1 ゆかっち、君のためでもあるんだよ 女B ホントに、これ、どういうことですか。富岡さん、返事をして 男1 もう手遅れだ。死んでいる 女B 何でこんなこと 男1 極限にまで達した怒りは、破壊という行動につながるものだ 女B そんなこと、納得できません 男1 世の中に理不尽はつきものだ。納得できないこと言うことを納得するんだ 一拍 女B 理由は何ですか 男1 君を裏切るような奴は死んで当然だろ 女B 私は、裏切られてもいいんです 一拍 男1 やっぱり、君はバカだ 女B ええ、でも、もう家庭教師はいりません 男1 さようなら 女A ホドケン、屋敷から走り去る。遠くから砲撃の音が聞こえる 一拍 女A ハル、アンナカが持っている本を手に取る 一拍 女A 読み始める 女B ホドケンがミズーリ川の川辺で返り血を洗い流していると、そこに武装した兵士たちが現れた。慌てて走り去ろうとしたところ、背後から銃声が聞こえた 一拍 女A カディクスの偽書 完 溶暗 6 終幕 照明変化(素) 音楽CI みんな出ててきて一礼 男1 えー、本日はありがとうございました。あれ、トムさん? トムさん? 女A え、ほんとに死んだ? 男2 そんなわけないだろ 男2、立ち上がる 男1 いやぁ、二人とも遅れてきたときはどうしようかと思ったけど、何とかなってよかった 男2 すまんすまん 女A ごめんね 女B (客に)途中お見苦しいシーンがあり申し訳ありませんでした 男1 ホントすみません 男2 すみませんでした 男1 まぁ済んだことだし、いいか。はい、おわりです。ゆかっち、ゆうさん、ちょっと撤収の準備お願いできる? 女A はいはい 女B わかりました 女A、B、はける 男1、2、椅子を片付けだす 男2 それで太田、俺への疑いは晴れたのか 男1 え、まぁ、一応は 男2 そりゃよかった 男1 ええ 一拍 男1 ところでトムさん、さっきから言おうと思ってたんだけど 男2 なに 男1 口紅ついてるよ 男2 え? 男2 口元に手を当てる 一拍 男1 あー、トムさん、今、何で口を触ったの 男2 えっ? 男1 口紅ついてるとしか言ってないけど 男2 えっ? 男1 口についてるなんて言ってないけど 男2 よくわかんない 男1 普通は服とかだと思わない? 男2 どうかな 男1 最近口紅付けた人とキスでもした? 男2 してないよ 男1 じゃなんで 男2 何でって言われても 男1 ゆうさんとしたんじゃないの 男2 してないよ 男1 じゃあなんで 男2 何でもいいだろ 男1 よくないよ 男2 疑いは晴れたんだろ 男1 新しく出て来た 男2 何でもないから 男1 それおかしいでしょ 男2 全然、全然普通 男1 キス、したでしょ 男2 してない 男1 じゃあ、なんなの、さっき口に手当てたの 男2 たまたまだよ 男1 おかしくない? キス以外で口に口紅つくことある? ねぇ、トムさん 男2 おかしくないよ 男1 おかしいって、それしかないじゃん 男2 他にもあるだろ 男1 なに、なにそれ、ある? 男2 あるよ 男1 なに、なになに 一拍 男2 女装だよ 一拍 男2 女装が趣味だから! 一拍 男1 それなら、そうかもしれないな 女A、出てくる 男A 男1、2、台本を置いて、一礼して去る。このあと、カーテンコールです 音楽CI 終幕